30歳スタート!まさかの卵巣嚢腫に…。開腹手術をした2016

ある日突然…女性の大切な臓器の病気が発覚。

結婚して1年…
卵巣嚢腫(チョコレート嚢胞)との戸惑いや不安との戦いを記録として残していきます。

手術当日後半2

ここからはちょっと記憶が曖昧ですが…

記憶にある範囲で書きたいと思います。


たぶん17時過ぎ

「◯◯さ〜ん?◯◯さ〜ん?終わりましたよー!わかりますかー?」の声で目が覚めた。


どうやら約2時間半の手術は無事に終わったようだ。


意識が戻った瞬間、モワッと急激な吐き気が襲ってきてプチパニック!


手術台からベッドに戻されて病室にガラガラと運ばれてる合間も朦朧になりながらも「気持ち悪い、気持ち悪い」と言ってた気がする。


病室に着いたらすぐに吐き気止めの点滴に切り替えてくれてすぐ楽になった。


術後の私の状態と言うと…


口には酸素マスク=息苦しくてうっとうしい。


上半身にはたくさんの心電図=心電図のゴムのせいか痒くて痒くてたまらなかった。

その痒さが術後一番辛かったかも(>_<)

痒くて眠れないから取って!と言っても取ってくれなかった。


へそから下7〜9センチ程の傷=腹帯がされていてズキズキ。我慢出来ない程ではないが切られた感満載の痛み。


腕には点滴、背中には麻酔の管、お腹の傷の横にはドレーンの管。


尿管とT字帯=尿管は違和感ある人には辛いとの事だか私は全く違和感なし。痛みもなし!

尿意もなくむしろ楽チンでしたw

T字帯はふんどしみたいな感じで当たり前だけど看護師さんに出血確認の為チラチラ見られているのが少し気になったがもう恥ずかしいとか言ってる状態ではなかったw


足には血栓防止のタイツとマッサージ機=マッサージ機のウィーンって音は気になったけど他は特に気にならなかった。


服はカサカサとした手術服のままベッドに寝かされていて足は力が入らないので大股開きw

心電図が痒くて何度も胸らへんを掻いていたから手術着もはだけまくっててカーテン閉めてないと大変な姿だったと思うw


段々と意識がはっきりしていく中でちーさんが側にいることに気付いた。


「病理の結果は良性だったから卵巣は摘出せず2つともちゃんと残しておいたよ!!」と

手術室から出る時に主治医のS先生がちーさんに言っていたのがうっすらとした意識の中で聞こえた気がした。


ちーさんが「卵巣は取らないで済んだって!良かったね!」と言ってくれた気がする。


その後の記憶は本当に曖昧(;´・Д・`)


ただ仕事を終わらせたママも駆けつけてくれて

私の姿見て安心したのか「ママお腹すいたからちーちゃん連れて下のレストランに行ってくる!」って来てすぐに病室を出ていた記憶はハッキリ覚えてるw


帰ってきてからも「ママはカレー、ちーちゃんはカツ丼食べたよ」と…おい!絶食絶飲中の私に言うかw


もちろんボーっとした記憶の中でうらやましーって思ったw


20時前、ママもちーさんも帰宅。


それからは看護師さんに頻繁にお世話をしてもらいながら時間を過ごしました。


酸素マスクはうざくて何回も外したw

その度に看護師さんが回ってきて口に戻されるのイタチごっこw

酸素マスクは3〜5時間後に外してくれた気がする。


心電図も痒くて痒くて何回も外そうとしたけど外す力が入らなくてそのままずっとかいて終わった。


あー。あの痒みはストレスだった!!


その後も寝てるのか寝てないのか自分でもよく分からない状態が続く。


寝返りも打てないから体制がきつくなるとナースコールして看護師さんに手伝ってもらう。


そして状態的に辛かったのが…

ここの病室が24時間ドア開けっぱなし!


私のベッドは4人部屋のドア側の一番端。


寝るときは常に真っ暗、無音でないと寝れない私。


携帯、アイマスク、耳栓をちーさんが帰る前に枕元に置いてもらったんだけどいかんせんベッドが広くないからちょっと動く度にポロポロとベッド下に落ちてしまって拾えないのが辛かった(T ^ T)


さすがにアイマスクを落とした時は拾いたくて拾いたくて仕方がなくてナースコール呼んで取ってもらったり身の回りの何から何までお世話してくれた看護師さんに感謝の気持ちを痛感した一夜でした。



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